妙なる囁きに 耳を澄ませば
          〜音で10のお題より

 “足 音"


人目があるところでは平静を保ててもいて、
なのに一人になると、たちまち気丈でいられなくなる。
夜が来るのが怖くてしょうがなく、
さりとて、此処から離れるのへも
随分な思い切りがいるほどの気の重さよ。

 “  ……っ。”

まるきり似てもないのにね。
表の廊下を向かって来る足音に気づくとハッとする。
革靴だもの、お隣さんだと判っているのに。
あんな落ち着いた歩き方なんてしないし、
それ以前に、彼であるはずがないのに、それでも。
衣擦れの音さえ邪魔と、
動作を止めて、息を飲み、
何をか願うように 耳をそばだててしまう。
隣のドアが開き、違うのだと確定すればしたで、
零れた吐息が何を掻き乱したものか。
足元、背中をくすぐるように、
それは淑やかに濃色の髪が降りて来て、
そおと我が身をなぐさむようで。

 ああそういえば、この髪も
 君は 綺麗だと褒めてくれたんだよね

掻き上げてくれる優しい手もないまま、
空しくも寂しい安堵がきゅうきゅうと、
消沈に憂う胸底を襲うだけ…。











 “チャイム"


行きつけのスーパーでは、
自動ドアの開閉に合わせ、電子音のチャイムが軽やかに鳴り響く。
小さなデイリースーパーなので、
客足の少ない時間帯でも、
来店のお客様にすぐさま気がつけるようにという配慮なのだろうが、

 『…あ、ブッダいたっ。』

あのね、松田さんがねと、自分の側の説明をしつつ、
後から追って来たイエスが、飛び込んで来ることがようようあって。
自分があたってたお手伝いが早く済んだから、
ブログの書き込みが終わったからといった話の次には、
プラスチックの買い物カゴの中を見て、

 『売り出しの醤油と味噌と、あ、マヨネーズも。』

重いものばっかじゃないよ、なんで声かけてくれないの、と。
一端の大人みたいな言いようをするものだから、
こちらもついつい、大人げないこと、持ち出したりし。

 『あのね。
  私が本気出したら、
  どれほどの力持ちかは知ってるでしょうが。』

だって君ってば、
ペットボトルのお茶、1.5リットル二本が限度でしょうが。
ブログの書き込みも多そうだったから、
そっちも頑張ってねって、手を振り合って出て来たのにね。
だっていうのに、

 『大きな象を投げたんでしょう?』

知ってるけど でもサでもネと、
カゴの提げ手を半分奪うと、
並んでのお買い物となることがままあった。
相変わらずお留守番が苦手なんだよね。
手持ち無沙汰になると特に。

 『だって、一人は詰まらないじゃない。』

ちょっと出ればブッダに会えるのに、
そこでズボラするなんておかしいでしょなんて。
暑い最中に出掛けるのイヤ〜 なんて言ってるときの君に、
是非とも聞かせてやりたい名言を連ねてサ。


 「……それはないか。」


いきなり此処へ現れるってのはないよねと。
勢いよく駆け込んで来た、
学校帰りの中学生だろう
それは元気な和子らを視線だけで見送っておれば、



  Trrrrrrrr、Trrrrrrrr……


不意に、着信設定のない呼び出し音が、
トートバッグの中で鳴り響く…











 “いつもと違う着信音"


これをこそ待っていたはずなのに、なのに怖くて出られない。
誰からなのかが判らないだけで、こうまで身がすくむものか。
番号を知っているくらいだから知己のはずだが、
それでも今は…状況が違う。
出なきゃと焦るが動作が堅くて、
バッグを降ろすことさえ出来ぬでおれば。
いつまでも鳴りやまぬ呼び出しが気になるか、
それとも不器用さを見かねたものか。
顔見知りの店員さんが、買い物カゴを降ろさせてくれて、
それで手が空き、スマホに届く。
すみませんと頭を下げつつ、通話に出れば、

 【 ブッダ様ですか?】

 「はい…。」

聖という名での呼びかけではないから、あの世連合関係者。
滑舌のいい声は若々しくて、少し甘い癖がある。
あ、この声には心当たりがと閃いたのと同時に、

 【 ミカエルです。今よろしいでしょうか。】

 「…っ、はいっ。」

天乃国の関係者には、そういえば着メロの設定を組んではいなかった。
ホッとすると同時に、別の緊張が押し寄せるのが判って、
小さなモバイルを持つ手が汗ばんで来たけれど、

 【 ご心配をおかけしました。瘴気は去りました。】

ああそうなのと、
それが最も大事なことなのに
不思議と、それは良いからと聞き流す自分がいて。


 【 今からそちらまで、イエス様をお送りします。】







無事なのか、どうなのかも訊けぬまま。
胸底を撃ち抜かれたような
あの嘘寒い感覚だけが再び、起こっての。

 この身中に言いようのない 冷ややかな炎を灯して揺らすばかり。






   〜Fine〜  13.09.02.


  *何のこっちゃですね。
   お題のタイトル消化のための
   掟破りのダイジェスト仕様です。
   すいません、芸が無くて。
   ただただ寒々しくて 話が見えないばかりな、
   急転直下の内容は、次の章にて。



                   次話
耳を塞いで 

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